フェミニスト経済学からみたスウェーデンモデルの可能性

                     榊原裕美(横浜国立大学博士課程後期在籍)

世界ランキングから見たスウェーデンの「文武両道」

2005年のEUの技術革新力のスコアボードにおいて、スウェーデンは第1位になった。欧州委員会が発表したEU25カ国プラス日本米国スイスなど33カ国の技術革新スコアボードでは、トップから順に、スウェーデン、スイス、フィンランド、日本、デンマーク、ドイツ、オーストリア、ベルギー、オランダと続いた。競争相手であるアメリカと日本に勝てる国は北欧である、とEUを始めとして北欧の国際競争力が注目されている(ニューズウィーク2006年1月25日号)。
世界経済フォーラムは、1971年に欧州経営者フォーラムとしてスイスを拠点に出発しダボスで会議が行われていたため通称ダボス会議と呼ばれ、企業グローバリゼーションの主要な世界的アジェンダを打ち出す主導的提案者にまで成長している私的な組織である。世界の巨大企業約1000社の代表ら、および選ばれた政治家・ジャーナリスト・学者のみが参加できる欧州・米国の企業家が支配的な排他的な会議である。このグループの行う会議に反発した人々が集う「世界社会フォーラム」は、2000年から、ブラジルのポルト・アレグレを皮切りに、数万のグローバリゼーションに反対する人々であふれるようになった。
その世界経済フォーラムが2005年の国際競争力の調査のランキングを報告したが、皮肉にも、北欧が10位の中にすべて入った(1位がフィンランド、2位アメリカ、3位スウェーデン、4位デンマーク、5位台湾、6位シンガポール、7位アイスランド、8位スイス、9位ノルウェー、10位オーストリア。日本は財政赤字などを理由として12位)。
同様に世界経済フォーラムが、同年の2005年5月に発表した男女平等社会のランキングでは、スウェーデンが1位、北欧諸国がそのあと並んだ。日本は38位だった(2005年5月17日共同通信)。北欧は、平等を重んじ、所得格差が少なく、普遍的な社会保障が行き届き、男女の平等では世界で有数のレベルである。ジニ係数で最も低いのはデンマークついでスウェーデンである。貧困率も最も低いレベルにある。
平等へのあくなき追求力それ自身が活力、革新力といえるのかもしれない。しかし、ここでは、競争力とは何かは問わない。本来的に競争力が人々の幸せを意味する価値観をとる必要はないからだ。しかし、グローバリゼーションを危惧する人々が「世界経済フォーラム」に対抗して「世界社会フォーラム」を何万人規模で開催するような新自由主義的な経済政策を推進する団体でもある「世界経済フォーラム」のような団体の国際競争力ランキングで、「野放図な競争を規制する平等な国」を高位にランクせざるを得なかったことに注目したい。平等か、競争か、のような二者択一によって常に発展のためには弱者が出ることをやむなしとする考え方も、フェミニズムがこうした競争への女性の参画をすすめ競争を激化させるものという誤解も正しくない。
現在、日本のジニ係数は「先進国」の下から6番目、貧困率は15%、アメリカ、アイルランドについで第3位という社会になっている日本において、平等な社会は競争力や活力を減退させるという考え方が年々大きくなっているように見える。格差のある社会=競争力がある、ない社会=競争力のないという前提は疑う余地なく、世界的に進むグローバリゼーションの新自由主義的な政策の流行によって、競争力や経済活性化や能力の発揮のために格差拡大が容認されるような言説が普通に受け止められているようにみえる昨今である。平等の価値が急落する日本においては、男女平等は美しい理念であるだけではなく、「経済的メリット」を呼び寄せることができるメカニズムもあることをスウェーデンを例に挙げて考察を試みたいと思う。
ところで日本の貧困化の問題の要因は、この10年間で、450万人正規労働者が減り、600万人非正規労働者が増えたといわれるそのことにある。フリーターの低賃金が大きな問題になっているが、女性問題に取り組んできた者には、70年代からの雇用の女性化の歪んだ現象であるパート化がこれまで放置容認されたため、とうとう大規模に拡大・普遍化したように見える。
マリア・ミースはヨーロッパの歴史の中で植民地化と、主婦化が、ほぼ同様な流れの中で起こったという自説を展開している(ミース、1997:156-167)。彼女は、ローザ・ルクセンブルクの理論を援用して、拡大を続ける成長モデルを支えるために近代社会が、さまざまなカテゴリーの植民地、とくに女性、他民族、自然を必要としていたことを明らかにした。そして「プロレタリアの反フェミニズム」と呼ばれる家族賃金のイデオロギーが、主婦化とともにできあがる。そして主婦として、労働現場に引き出されるのは第三世界の農民と同様、プロレタリア的な家族賃金ではなく、家計補助としての低賃金である。日本型とも言えるほど、いまだに強固にM字型を守っている日本においては、こうした主婦化としてのパート、そしてそれの拡大としての、若者の低賃金労働者化が国内貧困化とともに起こっているように見える。
しかし、そもそも労働者が一人しか働いていないのに、家族分の給与を払う男性賃金は資本制にとって原理的には利潤に反する。賃労働の中でどれだけ不払い部分を増やすかが、利潤の源泉なのであるから、これこそが二元論に立ったときに言う「家父長制と資本制との妥協」と言えるべき現象だと思われる。継続的蓄積の世界システムに加えて設備投資による飛躍的な労働生産性があってこそ、の「奇跡」であるが、そうした第2次産業は、いまや国際移動して、エスピン・アンデルセンのいうポスト工業化を迎えるいわゆる「先進国」ではもはやトレンドではない。こうした意味で言えば、スウェーデン型の「男性賃金の女性化」と、企業でなく国家による再生産費用の分担が、資本主義の発展段階にかなう、と逆に見ることができるのではないだろうか。こうした見方をすれば、男女の賃金格差の少ないスウェーデンの競争力と、そしてまた格差の拡大とともに日本経済が衰退する理由がわかるのではないだろうか。スウェーデン・モデルをフェミニスト経済学の視点からどのように評価すべきか、ジェンダー平等をあるべき理想としてではなく、経済合理性として立ててみたい。

グローバリゼーションと労働者の権利の両立

2005年11月24日、「働こう―仕事と貧困削減の間の連関」と言うストックホルムで行われたセミナーで、人口900万人のスウェーデンで183万人 (うち女性839.115人)を組織するスウェーデン最大のスウェーデン労働組合総連合LOの委員長ヴアニヤ・ルンドビー‐ヴェディン氏が「グローバルな連帯」と題するスピーチを行った。そこで彼女は、WTO世界銀行など、独裁下での強制労働や児童労働を許す国際機関を非難し、各国の輸出加工区での過酷な状況を批判し、グローバリゼーションのネガティブな面を指摘した。
LOのURLにおいて、以下のニュースが伝えられている。

スウェーデンは、世界経済フォーラムの各国の競争力の測定で、もっとも高い国となったが、昨年のILOの「よりよい世界のための経済安全保障」1)と言う世界の労働を測定した研究でも一位だった。
 スウェーデンが、「グローバリゼーション」とうまくやってこれたのは、明らかに、経済の再構築によって影響を被る個人に配慮する労働市場政策や普遍的な社会福祉システムが私たちにあるということと関わっている。
 労働組合の高い組織率は、この経過において労働者に発言権を与え、集団的協定の広い適用を通して、労働市場での良好な統制や流動性を保障する。
 しかし、グローバル化によるネガティブな影響として、有期の非典型的な雇用形態の急速な増加というスウェーデンでの最近の傾向が最近のLOの研究で明らかになり、特に臨時の仕事を強制される若い女性のブルーカラー労働者の数の伸びが懸念される。さらに、パートタイムで働いている女性組合員の多くは、フルタイムに再度戻れない。グローバルな文脈では、女性が差別され、世界労働市場(輸出加工区と比較せよ)において過剰に搾取されているのはよく見られることである。
 彼女はILO事務局長ソマヴィア氏の提唱するディーセント・ワーク(尊厳ある仕事)と言う概念を賞賛し、ディーセントワークがなぜ女性に完全な正当な権利を与えるのが大切なのかを示しているとした(LOのURL2005.12.6)。
労働権の保障や労働組合が、グローバリゼーションに対して有効であるとの発言だが、実際スウェーデンでは近年このようなことがあった。
東欧ラトビアの企業が、ストックホルム近郊の小学校の建設現場の発注を受けたが、ラトビア人をスウェーデン労働協約より安く働かせたと言うことでスウェーデンの建設労組が何ヶ月もストを打った。会社側が労働裁判所やEUに、外国企業への「差別取り扱い」でありこうした連帯行動は不当だと訴えたが、結局小学校側が進まない工事に発注を取り消し、ラトビア企業は撤退、スウェーデン側企業は倒産した(労働政策研究・研修機構URL、2006.1)。労働大臣が、この事件を受けて公共事業は、労働協約を破る企業には発注しない法律を作るように提案し(労働政策研究・研修機構URL、2005.6)、またLOは、早速昨年10 月ラトビア労働組合と、賃金のダンピングを防ぐ協定を調印した(LOのURL,2005.10)。
国内での社会的規制が働かずに、交換レートの安い国との交流が進めば賃金は下方への競争になる。労働組合の組織率が80%を超えるスウェーデンでは、賃金に関する法律は最賃法さえないが、強大な労働組合の団体交渉力によって社会的規制がこのように機能している。
また、スウェーデンにおいては、パートタイマーはこれまで正規雇用で時間が短いだけであった(国際交流基金編、1999:74)。1990年代の初めの通貨危機、また91年に保守政権になって70年代の労働者擁護の法律が一度廃止されて以来、特に若い女性たちをターゲットに臨時雇用が倍増し有期雇用の雇用形態は11以上になり、525000人が、不安定な有期雇用が多いとされる。こうした有期雇用では、賃貸契約や電話回線契約、銀行のローンも難しくあるいはできなくさえなってしまう、と、LOの懸案事項になってきた。今年3月「雇用の保証の強化に関する法制委員会」の労使が鋭く対立する法案が、提案された。これは正規雇用を雇用の標準形態とする法案 だ。
 政府は、誠実な雇用主と雇用者の希望によってのみしか有期雇用にできないと言う規則をつくり、こうした複雑な状況をなくすよう提案する。被雇用者の雇用期間の合計が、5年以内で14ヶ月となれば、終身雇用にしなければならないとされ、その上、この法案は妊娠および育児休暇中のものにおいても保護が与えられるとする。
 雇用保障は雇用主にも雇用者にとってもよく働けることを意味する。安定した仕事を経験すれば、率先して働き、自分の仕事に努力も払い関心も持つようになる。保障と言うのはつまり生産性ということだ。それこそが発展や成長や未来への信頼を生み出し、スウェーデンの福祉にとって利益になる。この法案は、さらに将来において、子どもか仕事か選択をしないですむようになるともしている。
 URLでは26歳以下の若い人から、雇用保障をなくすというフランス張りの保守派政党の不条理な法案とこの政府の法案は、鋭く対照的だと述べ、今年の9月の総選挙に向けて社民党をアピールする大切な法案となっている。使用者は、正規雇用の必要がないことを証明できる場合には、労働力の7分の1に関しては、パートタイムの労働契約を締結することができるが、労働組合は、パートタイムの雇用契約について、情報提供をする。紛争が起こったら使用者には自らの主張を立証する責任があり、特定の職業に関する労働協約が存在する場合、法律の適用除外が認められる。
70年代、正規労働者の高賃金(家族賃金)を守るために主婦化の再編として既婚女性から広がったパートの雇用形態差別に対して30年余り組合・行政ともに放置・容認し、拡大を許している日本とは大きく異なり、決然と経営者側の反対を押し切って制限をかけようとする労働組合と政府であるが、スウェーデンではなぜこのようなことが可能なのか。そしてまたパート化も企業戦士化もしないで石油ショック以後、他のヨーロッパのように高失業率に悩むことなく、どうやって完全雇用を90年代まで維持できたのか。外国人労働においても、スウェーデンでは、賃金の多重化、周辺化を大変警戒しているようにみえる。スウェーデンモデルの大きな特徴は、基本的に二重基準を許さなかったことではないか。ILOの1944年のフィラデルフィア宣言の「労働は商品ではない」ことを貫徹しながら「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」という一説を自らの利益擁護の目的で身を持って実践しているといえる。

労働組合の高い組織率と同一労働同一賃金

 LO委員長ヴアニヤ氏は、看護職出身の1952年生まれの女性で「LOの労働組合員はフェミニストでなければならない」と、就任演説した。現在ブルーカラー労働組合であるLOの約半分は女性で、最大の支部は女性が大部分のSKAF(地方自治体職員労働組合66万人)である。政権を長く取ってきた社民党と密接な関係であるが、現在に至るまで組織率85%を維持する。スウェーデンには、ナショナルセンターは他に二つ大卒者以外のホワイトカラーのTCO(約120万人)大卒者のホワイトカラーSACO(約50万人)があるが、それぞれ、やはり7割の組合の組織率である。日本の企業別と違い、管理職と現場職の組合が独立しているのは大きな特色だろう。
 労働組合の高組織率の理由は、労働組合が歴史的に密接な関係を持つ失業保険協会(共済組織)が失業保険を運営しているためとも言われている。9割以上政府が助成する就労人口の9割の組織率の任意制で、ベルギーの都市の名前にちなんでゲント方式といわれる。
ナポレオン戦争以来約190年間戦争をしていないスウェーデンは中立を守った戦間期1920年代に、普通選挙権を獲得し、世界初の議会による短期社民党政権を経験し、その後1932年、長期社民党政権がはじまるや、ケインズなきケインズ政策といわれ農民党との赤緑同盟といわれる協力関係のもと、大規模な公共事業を展開し完全雇用を達成したとされる(メイドナー、1994:148訳注3))。
戦後、好景気、労働力不足の中では失業より、インフレが大きな問題となった。社民党政府は、完全雇用と価格の安定の解決のために労働組合に自粛を呼びかけたが、所得政策的な手段では、完全雇用とインフレ抑制の解決策にはなりえないと、抑制的な経済政策と積極的労働市場政策を結合した新しい経済政策を提唱した。
どのような企業規模にあっても、同一労働同一賃金を原則とする連帯的賃金政策においては中小企業の被雇用者は、低賃金を避けることができるが、労働生産性以上の賃金を課せられた企業は存続の危機を迎える。企業が淘汰されることは、より効率性のいい経営が生き残ることになり(つまりは競争力のある企業だけが存在する)好ましいが、労働者は失業の危機を迎えることになろう。だが政府の普遍的福祉政策において生活を保障し、積極的労働市場政策によって、労働者の再雇用に責任を持つことで、労働者は失業による生活破綻の危機から逃れることができる。そして、無料の再訓練の機会を得て、自分にあった仕事を探すことができる。
 修正ケインズ主義とも呼びうるスウェーデンの政策は、有効需要を作り出すのではなく、積極的労働市場政策という、雇用の流動性を高める再訓練のみならず教育制度にまでかかわる政策である。国家財政の7%、GDPの3%という突出した額を労働市場政策に振り向ける。
 平等のために普遍的福祉政策を取り、教育はすべて無料、医療サービスや子ども老人の世話などの提供が行われている。その結果、スウェーデンの公共セクターは、30%を占め、政府は最大の雇用主であり、その雇用は福祉国家の基盤ともなっている。
 利潤率の低いセクターが高い賃金コストによって衰退しても、そこから排出された労働力を利潤の高いセクターに送り込むことができて初めて連帯賃金の目的が達せられるので、技術革新と労働運動は親和性が高く、また、企業間の勝敗決定が厳しく寡占になりやすい。スウェーデンは早くから、国有化の方針は手放したが、私企業を限定して社会化する手法をとってきたため、企業の市場は寡占の傾向があり、中小企業が少ない。酒の販売や、薬局など、1社独占の業種もある。また、90年代に入ってから、民営化が導入されたとはいえ、公共セクターの独占が多いのが特徴であり、それが零細企業を保護する日本と異なり、規模のちがう事業体でも、企業の採算性を配慮することなく同一賃金を追求しやすかったともいえよう。
 どんな事業体で働こうと企業に賃金をダンピングされることもなく、また経営の悪化と労働条件がリンクしないいし、失業の恐怖も緩和され、企業に拘束されることがないこのような大きなメリットを実感するので、その原資である所得の半分の高負担の税金も大きな抵抗にあわない。また、企業から自立できる時間の獲得と生活保障は、高い納税の再配分に対しての意見表明という意味での政治活動の自由も保障する。80%から90%以上の高投票率の自主投票による完全代表比例制で、国民の政治選択は高い合意が図られる。

二重構造をつくらない構造

そもそもスウェーデンは日本とほぼ同時期の1860年代に近代産業革命を発生させ、40年ほどで電力・石油による第2次産業革命にバイパスし、急速に発達し、豊かな森林資源による火力または豊富な水資源による水力発電により、各地に産業が分散し、極端な都市化をまぬかれたスウェーデンは、旧中間階級を温存し、地域社会を温存できたという(高須,1972:127-130)。
1920年代にすでに合理化によって労働生産性を40%上げたが、続いて起こる30年代の大恐慌により失業は20%を越えた。戦争によって経済の活況と、国内の階級対立をそらせた日本とはことなり、熱狂的なナショナリズムで、国民を統合することなく、国内問題として政治が解決することを迫られていた。
当時スウェーデンでは失業保険の導入が遅れており、失業対策事業が通常の正規労働者の協約賃金より安く労働をしたため、労働者たちの労働条件を脅かしていた。
エスピン・アンデルセンの指摘でも有名な農民同盟との「赤緑同盟」は、激しい闘争の末勝ち取った賃金のダンピングを招きかねない失業対策を事業を牛耳る失業委員会の解体(1948年に積極的労働市場政策の主役たる労働市場庁になる)、労働組合基金に政府の補助を加えて労働組合自らが管理するゲント制による失業保険制度(1934年)の先鞭を付けた。(宮本,1999:57)
 この二つは大変重要なポイントである。スウェーデンでは手痛い大量失業の経験から1932年長期社民党政権が生まれるのだが、賃金が協約以下の水準になることによって二重化(周辺化)し、協約を無化されることを防ぐために、労働者より失業者に安い賃金で働かせる失業委員会の解体と、労働協約の実際的効率を高める組合の高組織率の維持を可能にする失業保険の労働組合による管理権を1930年代に得たのは大変重要なことだった。
 次にこうした「周辺化」への懸念が生まれるのは、朝鮮戦争の好景気の影響も受け、賃金が高騰した1950年代である。ストの代用労働者として女性労働者が登場するまで、男女差別が大きな問題になることはなかった(Swensson,1995:63)。2度の大戦に巻き込まれなかった中立政策をとったスウェーデンは50年代にすでに、合理化を成し遂げ、生産過程の単純化と規格化を進めたため、非熟練の労働力の需要が増大して続いて賃金の圧縮がおこるのだ。合理化の過程が、賃金の高い男性よりも安い女性の労働力の意図的な代用を含む事は戦間期に証明済みであった。財界の合理化推進者は「女性の労働力は安いので、高い男性を少しにして、単純作業をする大量の女性を雇うべき」と薦めた(Swensson,1995:66)という。
“このような薦めに従って”女性労働者への露骨な二重化を許した国もあったが、スウェーデンでは、少なくとも労働条件においてはそうではなかった(国際交流基金編、1999年)。スウェーデンでは、1960年代に当時まで製造業で一般的だった女性賃金の別立て慣行による男女別の賃金を廃止した(宮本,1999:184)。(日本においては67年ILO同一価値労働同一賃金の条約の批准がなされたが男女別賃金は80年代以後も継続した。)スウェーデンでは現在、ブルーカラー公務員の労働組合が、合理化の進む製造業を抜いて最大のものになっている。組合員の女性比率も60年代は22%だったが、2000年には46%になった。組合組織率も2000年で、男性の組織率83%に対して女性の組織率87%である。
かつては60%近い組織率の時代もあった日本のように、もし女性を労働組合から疎外していたとしていたら、現在のような高組織率は維持されていないはずで、このように女性を正規の雇用労働に引き出したことは、現在のスウェーデンにとってきわめて重要だったことが想像できよう。

第2波フェミニズムの受容

高い労働組合の組織率を持つ国のフェミニズム、特に第2波フェミニズムの受容のあり方がスウェーデンモデルをいかなるものにしたかを概観してみよう。
 1968年の学園闘争から端を発した第2波フェミニズムは、スウェーデンにおいても強烈だった。既存の男性のやり方を真似しない大胆なパフォーマンスを繰り広げた「グループ8」という女性グループは、資本主義と家父長制の両方を批判し、男性を排除した。ポルノ・ショップ攻撃やポルノ広告破壊などもやってのけ、「泣く子も黙る」恐ろしい女たちとされ、当時はヒステリーの非現実家といわれた。教職者や政府の高級官僚のメンバーもいたという。が、しかし、その非現実的な彼女たちが70年に要求としてあげた、パートタイマーの法的擁護、保育施設の拡張などは、その後ほとんど実現してしまっている。
 この当時の様子をいきいきと描いて伝えてくれる塚口氏は、既成公的機関も資本主義の手先としてきた当初からの活動家が、「平等オンブズマンの講演を聞いたが、私たちが60年代から70年代にした主張と同じことを言っていた」と複雑な表情を浮かべたというエピソードを紹介している(塚口,1988:139)。ウーマンリブ運動の表現も反応も、遠く離れていても、世界同時的であることに驚かされ日本でのリブを髣髴とさせるが、そのあとの受容のあり方は各国によって多様である。
 70年代の男女平等のための「労働省の男女平等委員会」の出した報告書78年(リジェストローム他、1987、邦題「スウェーデン/女性解放の光と影」勁草書房)では、以下のように述べられている。
 現在のブルジョア家族は、現代社会に対して正反対の価値を持ち労働生活や社会の非人間性を埋め合わせ、階級間の反目を緩和させている。前産業化時代の家族では、妻の仕事は高く評価されたのに、産業化時代になって、女性は男性に依存するようになった、かつての女性の働きを忘れてはならない。
 現代社会では、女性と男性の文化には異なる価値体系があり、労働の分化が組織的に女と男を無理やり異なる状況に押し込めて以来、価値観の一方だけが発展してきた。男性の価値体系が支配的になって打ち捨てられてしまった女性の文化、それを、平等の名の下につくり変えてしまうことは、女性の自尊心や連帯感をうち捨てることになる。
 女性の職場の振る舞いに違和感があるのは女性の価値体系が否定されるためだ。「女性の親交能力や感情的分析能力ははけ口を見出せない。知的で社会的なことに関心を持っている女性の感情は抑えられている。本質的な欲求を拒否されると女性は苛立ち、失望状態に陥る」。女性は男性のような自信がないことに悩み、魂は植民地化されていると指摘する。
 男社会の官僚制や技術主義が切り捨ててきたものすべてをこれまで女性は請け負ってきた。女性たちが未開の自分の社会的潜在能力に気づき、女性たちの「集団の力」があれば、男性社会が考慮しなかった価値を発展できる。女性が集団として解放されれば、女性の誰もがもっている共有の価値や、男性とは違う生活体験を政策へととりこむことが可能になる。男性と女性の価値体系と二分された社会を打ち破り、両方の価値体系を両方に全域的に広げることこそが平等の目標である。女性解放とは女性を「一人の人間(man)」に成りすます以上のものなのだ。
 専門化/分化は多面性と全人生を踏みにじる暴力であり、性役割はこうした暴力である。平等とは、家族と仕事の組み合わせの問題だけでなく幸福の問題でもある。財産の所有ではなく、行動の自由を増す資源を得ること。平等が最終的に目指すのは「分割不可能な全人間」を作ることである。それは私的役割を公的なものと統合し、再生産の役割を生産におけるものと統合することだから、役割の変化は女性だけでなく男性も完全に巻き込むことになる。個人という面から平等の目標は、多面性そして全人性なのだ―――。
 この中にはいまだに新鮮な、女性性への肯定感が見られる。また、女性の参加を現在のシステム全体への変革を内含していると見る。
 スウェーデンはこうした形でリブの運動を受容し、1980年性差別禁止法の制定につながり、さまざまな制度が生まれた。70年代は女性たちの運動だけでなく、社会全体に左傾化の強力な動きがあり、雇用保障法、共同決定法など、これまで労使自治が原則であったスウェーデンの立法による労働者の権利の拡充が図られた。その片鱗の見当たらない国もあるが、スウェーデンでは大きな遺産を残した。

反資本主義モデルとしてのスウェーデンモデルの皮肉

昨年12月なくなったLOのエコノミスト、R.メイドナーはスウェーデンモデルの創設者として名高いが、1992年カナダ・ヨーク大学で行った講演で、このモデルの革新性を、「完全雇用を経済的な安定と結びつけ、そして失業とインフレと不公正な賃金格差を同時に克服しようという考え方」にあったといい、平等の実現に優先順位をおいた。(メイドナー、1994)。メイドナーは、スウェーデンモデルを作り出した労働運動が、スウェーデン福祉国家の発展を導いたという。
女性の労働力率を上げるのに民間の合理化によるプル要因だけに頼らず、公共部門の女性雇用の拡大による女性の平等な待遇による経済的自立は、積極的な政策として行われ、福祉国家の基礎をなしている。スウェーデン国民は福祉の利用者としての恩恵を受けるだけではない。供給者=雇用機会としての恩恵をも受けている。女性の就労への便宜にもなる介護や保育の担い手として8割9割が女性を占める公共セクターのブルーカラー職は、「家事労働の社会化」として、主婦たちの就職ステップを容易にした。スウェーデンの最大の雇用主は政府であり、1/3の雇用を占めるようになったが、スウェーデン国民にとって(特に女性)は雇用を得られ、政府にとって納税者を得られ、組合にとって労働組合員を得られ、社民党にとっては、支持層を増やすことにもなる。完全雇用と政治システムと福祉国家づくりがぴったりリンクしている。
メイドナーは、先の94年の講演で「資本主義的生産が完全に達成することができない目標を設定し、その実現に向けた政策手段を展開している」という意味において「反資本主義モデルとしてのスウェーデンモデル」である、と述べている。が、実は皮肉なことに、資本家側においても、この「反資本主義モデル」は十分な見返りのあるモデルでもあったのである。
 「・・・労働組合は連帯的賃金政策を進めて政府のインフレ抑止策を支援する。これに対して政府は、連帯的賃金政策の『犠牲者たち』に対して、新たな職業獲得の機会を保障してこれに報いる。このような契約に両者は合意したわけである」というが、スウェーデンではこうした労働者の犠牲を伴わない企業の淘汰により、優良企業が生き残ることになった。
国際市場での競争に勝てる大企業においては、連帯的賃金政策はむしろ人件費の抑制になるのである。(メイドナーはこれを重く見て、国際的大企業による過剰利潤を労働組合の企業所有へつなげようと、労働者基金を提案したが、幾多の政治的紆余曲折を経ながら、この講演の同年、保守政権に廃止された。)たとえば実際この連帯賃金は、26年のLO大会で金属労組からの低賃金底上げのために提案されたのであるが、当時産業労働者の170%であった建設労働者の賃金が、LOの介入で130%に圧縮され、建設労働者の賃金の高騰が調整されたという形成期を経て、41年にLOの公式路線となった過去の経過からも、実は賃金抑制策、調整策として機能した(宮本、1999:59)。
企業の雇用者の社会保障拠出金は大きいが、企業規模と連動するし、勤労者の税金負担が約50%(自治体によって異なる)であるのに比べ、法人税は28%と国際的にも大変低いレベルなのである。
70年代の毎年10%を超える、インフレの時代、労働組合は賃金の抑止政策を耐えた。そのときに劇的に伸びたのは女性の労働力率と、賃金格差の是正である。この推進力は前述した女性運動の高まりがあったのは確実であるが、見方を変えると、女性の賃金の拡大により、男性のインフレの中目減りする世帯所得への「補助金的役割」を果たしたともいえる。
昨年の自治体の賃上げ妥結では、工業部門の労働組合は、輸出産業の競争力を維持するとともに、公務部門の低賃金女性労働者に配慮して、賃上げの要求水準を抑制した。2004年は3年連続でとりわけ地方政府の公務部門の賃上げが民間部門の賃上げを上回り、地方政府職員の賃上げが4.4%であったのに対し、工業部門の賃上げは最低水準の3%であった。(労働政策研究・研修機構URL2005.5)
輸出主導型の男性の多い民間組合が、公共部門の現場女性労働者の底上げのために自分たちの賃上げを自粛するこの「奇妙なほど友愛に満ちた行動」は、公共部門の妻と、私企業の夫というスウェーデンで典型のブルーカラー同士のカップルが、世帯賃金をあげるインセンティブを考えると納得できる。国際貿易の割合が40%と大きいスウェーデンにおいては(日本は10%)、民間部門のコストは企業というより国民的問題である。民間と公共部門の性別分離は、スウェーデンの大きな特徴であるが、マクロ的に見ると、民間の国際競争分野での男性労働者の人件費コストを下げるための補助金的な役割を負っているとも見える。女性の雇用の拡大を、民間企業が負担する男性労働者の家族賃金のコストを、政府が肩代わりする国際競争力増進のための公共事業・補助金と考えれば国家的通商政策なのである。日本の公共事業が「男性型」であるのを痛感するが、こうした「女性型」公共事業、男女平等志向賃金政策は、スウェーデン国家の蓄積、競争力の源泉でもあるのである。

1)ILO(国際労働機関)の「Economic Security for a Better World(より良い世界のための経済安全保障)」とは、世界90カ国以上について経済安全保障指数(ESI)―十分な雇用機会の保障、一方的な解雇等からの保護など仕事に関わる7つの指数をベースに測定される。指数ランキングの上位はスウェーデンフィンランドノルウェーといった北欧諸国が占めた(日本の順位は18位)。


【参考文献】
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――――――、2000、『ポスト工業経済の社会的基礎:市場・福祉国家・家族の政治経済学』桜井書店。
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【参考URL】
労働政策研究・研修機構URL
http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2006_3/sweden_02.htm
LOのURL
http://www.lo.se/home/lo/home.nsf/unidView/3A9B48422B896CF7C1256E4B00435784